振鉾
振鉾(えんぶ)は、雅楽の舞楽において、正式な上演の冒頭に舞われる儀式的な演目・作法である。延鉾、振舞、延舞、厭舞とも書かれる[1]。左右の舞人が鉾を持って舞台に登り、鉾を振ることによって舞台を清め、邪気を払い、国土安穏などを祈る性格をもつ[1][2]。
振鉾は通常、左方の舞人が舞う「一節」、右方の舞人が舞う「二節」、左右の舞人が同時に舞う「三節」の三段からなり、三節は「合鉾」とも呼ばれる[1]。伴奏には、通常の楽曲とは異なる乱声が用いられ、一節では新楽乱声、二節では高麗乱声、三節では両者が同時に奏される[1]。
概要
[編集]振鉾は、舞楽の演目が始まる前に行われる儀式的性格の強い舞である。文化デジタルライブラリーは、舞楽の上演の型について、まず左方と右方の双方から舞人が鉾を持って1人ずつ登場し、舞台を清めるように鉾を振る振鉾が舞われると説明している[2]。このため振鉾は、舞楽番組の冒頭に置かれる導入的な作法であると同時に、上演の場を整える宗教的・儀礼的な演目でもある。
振鉾は、通常の左舞・右舞の番舞とは異なり、左方・右方の舞人がそれぞれ順に舞い、最後に左右が同時に舞う三部構成をとる。特に三節では、左方と右方の音楽が同時に奏されるため、舞楽の中でも特殊な構成をもつ[2]。
「振鉾」は、舞人が鉾を振る所作に由来する名称である。辞典類では「振舞」「延舞」「厭舞」などの表記も挙げられる[1]。また、「厭舞」の表記については、まじない・鎮厭の舞という意味に結びつけて説明される[1]。
構成
[編集]振鉾は、正式には三節から構成される[1]。
一節
[編集]一節では、左方の舞人1人が舞台に登り、鉾を振る[1]。伴奏には新楽乱声が用いられる[1]。左方舞人は、左方の系統を示す装束で登場し、舞台を清めるように鉾を扱う。
二節
[編集]二節では、右方の舞人1人が舞台に登り、一節と同様に鉾を振る[1]。伴奏には高麗乱声が用いられる[1]。右方舞人は、右方の系統を示す装束で登場する。
三節
[編集]三節では、左方と右方の舞人が同時に舞台に登り、鉾を振る[1]。この三節は「合鉾」とも呼ばれる[1]。伴奏では、新楽乱声と高麗乱声が同時に奏される[1]。
文化デジタルライブラリーは、三節について、左右で別々の曲を同時に併奏する特殊な構成であると説明している[2]。この点で振鉾三節は、左方・右方の舞楽が交互に上演される通常の番舞構成とは異なる性格をもつ。
音楽
[編集]振鉾の伴奏には、乱声が用いられる。乱声は、舞楽の通常の拍節的な楽曲とは異なる特殊な演奏形式であり、振鉾では左方系の新楽乱声と右方系の高麗乱声が用いられる[1]。
一節では新楽乱声、二節では高麗乱声が奏される。三節では、新楽乱声と高麗乱声が同時に奏され、左右の舞人が同時に鉾を振る[1]。このため振鉾は、舞の構成だけでなく、音楽面においても左方・右方の両要素を冒頭で示す演目である。
意義
[編集]振鉾は、舞楽上演の冒頭で舞台を清めるために舞われる[1][2]。舞人が鉾を振る所作は、邪気を払い、悪魔を抑え鎮める意味をもつと説明される[1]。
春日若宮おん祭の公式解説では、振鉾三節は舞楽の始めに舞われる曲で、国土安穏と雅音成就を祈るものとされる[3]。このことから、振鉾は単なる序曲ではなく、上演空間を整え、神仏や祖霊に対して舞楽を奉納するための儀礼的な入口として位置づけられる。
由来伝承
[編集]振鉾の由来については、古楽書に中国古代の故事と結びつける説明が見られる。『教訓抄』は、周の武王が殷の紂王を滅ぼした際、左手に黄金の鉞、右手に白毛の牛の尾を付けた旗を持ち、天下泰平を誓った故事に由来すると伝える[4][5]。
このような由来譚は、舞楽曲に付随する故実・説話として伝えられたものであり、現代の記事では、歴史的事実そのものとしてではなく、古楽書に見える伝承として扱うのが適切である。
現行伝承
[編集]宮内庁式部職楽部・国立劇場公演
[編集]振鉾は、現在も雅楽・舞楽公演において上演される。国立劇場の雅楽公演記録では、2016年2月27日の第78回雅楽公演において、舞楽の演目として「振鉾 一節 二節」が上演されている[6]。
宮内庁式部職楽部は、宮中の儀式や園遊会、春秋の雅楽演奏会、地方公演、国立劇場公演などで雅楽を演奏している[7]。振鉾は、こうした現代の舞楽公演においても、番組の冒頭に置かれる儀式的演目として扱われる。
春日若宮おん祭
[編集]春日若宮おん祭の御旅所祭では、舞楽の冒頭に「振鉾三節」が舞われる[3]。同祭の公式解説によれば、まず鉾を持った赤袍の左方舞人、ついで緑袍の右方舞人がそれぞれ笛の乱声に合わせて舞い、最後に二人が鉾を振り合わせる[3]。
春日若宮おん祭の御旅所祭では、舞楽が五番十曲で構成され、左舞と右舞が番舞として奉納される[3]。その冒頭に振鉾三節が置かれることは、振鉾が舞楽奉納の始まりを告げる儀式的な舞であることを示している。
嚴島神社
[編集]嚴島神社でも、振鉾は現在伝承される舞楽曲目の一つである。宮島観光協会の解説では、嚴島神社の舞楽について、12世紀後期に平清盛が四天王寺から楽所を宮島に移したことにより盛んに奉奏されるようになり、二十数曲が現在も伝承されていると説明される[8]。
同協会の曲目解説では、振鉾は舞楽の最初に舞われる儀式的な舞曲で、天地の神と祖先の霊に祈りを捧げ、舞台を清める宗教的な意味をもつとされる[8]。また、嚴島神社の高舞台は舞楽が舞われる舞台であり、振鉾を含む舞楽が現在も舞われると説明されている[9]。
脚注
[編集]- 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 “振鉾”. コトバンク. DIGITALIO. 2026年5月10日閲覧。
- 1 2 3 4 5 “上演の型と番舞”. 文化デジタルライブラリー. 日本芸術文化振興会. 2026年5月10日閲覧。
- 1 2 3 4 “御旅所祭について”. 春日若宮おん祭. 春日大社. 2026年5月10日閲覧。
- ↑ 鳥居本, 幸代『雅楽――時空を超えた遙かな調べ』春秋社、2007年。ISBN 978-4-393-93521-7。
- ↑ 遠藤, 徹、笹本, 武志、宮丸, 直子『図説雅楽入門事典』芝祐靖監修、柏書房、2006年。ISBN 978-4-7601-2856-3。
- ↑ “第78回雅楽公演”. 文化デジタルライブラリー. 日本芸術文化振興会. 2026年5月10日閲覧。
- ↑ “雅楽”. 宮内庁. 2026年5月10日閲覧。
- 1 2 “嚴島神社の舞楽について”. 一般社団法人宮島観光協会. 2026年5月10日閲覧。
- ↑ “嚴島神社”. 一般社団法人宮島観光協会. 2026年5月10日閲覧。
参考文献
[編集]- 鳥居本, 幸代『雅楽――時空を超えた遙かな調べ』春秋社、2007年。ISBN 978-4-393-93521-7。
- 遠藤, 徹、笹本, 武志、宮丸, 直子『図説雅楽入門事典』芝祐靖監修、柏書房、2006年。ISBN 978-4-7601-2856-3。