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繰り上げ当選

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

繰り上げ当選(くりあげとうせん)は、選挙や抽選において上位に欠員(失格者・降格者を含む)が出た場合に下位の者が繰り上げされて当選することをいう。

現代日本の公職選挙においては欠員が発生した場合、次点候補が繰り上げとなって当選すること。中央選挙管理会告示など公式の場では「繰上補充による当選」と表記される。

以下、本項では選挙における繰り上げ当選について解説する。

概説

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現代日本では公職選挙法に基づいて、法定得票数を超えていた落選者の中で最下位当選者の次に得票をしていた候補を次点として置いたり、比例区の政党名簿における最下位当選者の次の順位の候補を次点として置いたりする。当選者が死亡したり、辞職したりして、欠員が出た場合に次点者を繰り上げ当選とする。

現代日本の選挙の場合、比例区においてはその選挙で選ばれた議員の任期が終了するまで行うことができるが、参議院の選挙区選出議員や地方公共団体の議会の議員の選挙については、選挙区の定数にかかわらず、選挙日から3カ月に限られている。

なお、地方公共団体の首長や1996年(平成8年)以降の衆議院小選挙区選出議員については原則として繰上補充は認められていない。ただし、かつては1993年(平成5年)までの衆議院中選挙区制選出議員については、選挙日から3カ月に限って繰り上げ当選が認められていた。いずれの選挙においても、票が同数でくじで当選人を選んだ場合に限り、当選人の任期が終了するまで、欠員が生じた場合にくじに外れた者は繰り上げ当選の対象となる。

参議院の選挙区選出議員や地方議会の議員の場合、選挙直後に、選挙違反などの刑事事件が発覚し、議員が辞職する場合、選挙日から3カ月以内に辞職したときは次点者が繰り上げ当選となり、また、選挙日より3カ月を超えて辞職したときは欠員のまま(場合により補欠選挙が行われる)となることから、結果として、辞職議員に次点者を繰り上げ当選させるか否かの選択権を与えていることになる。

衆議院議員総選挙および参議院議員通常選挙比例代表において、一党の名簿登載候補者が全員当選した場合は、欠員となっても繰り上げ当選はされず、欠員が定数の4分の1以上になることに伴う補欠選挙、あるいは参議院議員通常選挙と合併して行われる参議院比例代表の補欠選挙が行われない限り、解散もしくは任期満了になるまで欠員となる[注 1]

政党が解党などで比例名簿を取り下げた場合、欠員が出ても繰り上げ当選はされず補欠選挙が行われない限り、解散もしくは任期満了になるまで欠員となる[注 2]。 ただし、(法制上)解党した政党であっても比例名簿の取り下げを行わない限りは、その名簿は任期期間中は有効となるため、繰上当選決定時に立候補時と別の政党に所属する場合もあり得る。また(法制上)解党した政党の事実上後継となった政党であっても、選挙時の解党した政党の比例名簿から登載者の削除を行うことは公職選挙法の規定上できない[注 3]

ただし、繰り上げ時点で死去・刑の確定・日本国籍の離脱などにより被選挙権を失っていた場合や、連座制の適用により立候補を禁止されていた場合には繰り上げ当選の対象とならない。また、他の公職や公務員など、兼任できない職にある者が繰り上げ当選の対象となった場合、当選通知から5日以内に職を辞した旨の通知を行わない限り、繰り上げ当選は無効となり(公職選挙法・第103条第2項)、次順位の者が繰り上げ当選の対象となる。

繰り上げ当選の対象となった者が他の公職選挙に立候補中の場合、5日以内に繰り上げ当選を辞退する旨の申し出が可能である。届け出を行わない場合には繰り上げ当選が有効となり、他の選挙の立候補は取り下げ扱いとなる(公職選挙法・第103条第4項)。

日本における繰り上げ当選の例

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衆議院選挙における繰り上げ当選の例

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年月当選者選挙区失職議員失職事由
1952年(昭和27年)10月 第25回衆議院議員総選挙
1953年(昭和28年)1月江藤夏雄佐賀県全県区愛野時一郎死去
1955年(昭和30年)2月 第27回衆議院議員総選挙
1955年(昭和30年)4月堀川恭平兵庫県第4区小畑虎之助死去
1955年(昭和30年)5月小林錡愛知県第4区永田安太郎死去
1955年(昭和30年)6月山本猛夫岩手県第1区野原正勝被選挙資格喪失
1958年(昭和33年)5月 第28回衆議院議員総選挙
1958年(昭和33年)8月菊池義郎東京都第2区松岡駒吉死去
1958年(昭和33年)8月野田武夫神奈川県第2区山本正一辞職(鎌倉市長選立候補準備)
保科善四郎宮城県第1区本間俊一死去
1960年(昭和35年)11月 第29回衆議院議員総選挙
1960年(昭和35年)12月中村三之丞京都府第1区水谷長三郎死去
1967年(昭和42年)1月 第31回衆議院議員総選挙
1967年(昭和42年)3月小沢貞孝長野県第4区唐沢俊樹死去
1976年(昭和51年)12月 第34回衆議院議員総選挙
1976年(昭和51年)12月千葉千代世千葉県第3区水田三喜男死去
1977年(昭和52年)1月稲垣実男愛知県第4区浦野幸男死去
1986年(昭和61年)7月 第38回衆議院議員総選挙
1986年(昭和61年)10月大矢卓史大阪府第1区湯川宏死去
1996年(平成8年)9月 第41回衆議院議員総選挙
1997年(平成9年)11月中林佳子比例中国共産正森成二辞職(体調不良)
1998年(平成10年)3月東順治比例九州新進[注 4]愛野興一郎死去
1998年(平成10年)11月奥谷通比例近畿自民野田実当選無効(選挙違反による連座制適用)
1999年(平成11年)1月知久馬二三子比例中国(社民秋葉忠利辞職(広島市長選立候補準備)
小島敏男比例北関東(自民)中島洋次郎辞職(救難飛行艇汚職事件引責)
1999年(平成11年)3月水野賢一比例南関東(自民)石橋一弥死去
1999年(平成11年)7月林田彪[注 5]比例九州(自民)東家嘉幸辞職(体調不良)
渋谷修比例東京民主[注 6]山花貞夫死去
2000年(平成12年)2月菊地董比例東海(社民)前島秀行死去
2000年(平成12年)4月七条明比例四国(自民)越智伊平死去
半田善三比例東海(新進[注 4]福岡宗也死去
2000年(平成12年)6月 第42回衆議院議員総選挙
2001年(平成13年)8月石原健太郎比例東北自由菅原喜重郎辞職
2002年(平成14年)10月米沢隆[注 7]比例九州(民主古賀一成退職(福岡6区補選立候補による自動失職)
2003年(平成15年)5月津島恭一比例東北(自民)御法川英文死去
2003年(平成15年)6月佐藤茂樹比例近畿(公明久保哲司死去
2003年(平成15年)7月田名部匡代比例東北(民主)日野市朗死去
北川知克比例近畿(自民)奥谷通死去
2003年(平成15年)8月中桐伸五比例中国(民主)山田敏雅退職(福山市長選立候補による自動失職)
2003年(平成15年)11月 第43回衆議院議員総選挙
2003年(平成15年)12月木村隆秀比例東海(自民)近藤浩辞職(選挙違反引責)
2004年(平成16年)3月津川祥吾比例東海(民主)佐藤観樹辞職(秘書給与詐取事件引責)
2004年(平成16年)4月本多平直比例北関東(民主)木下厚辞職(埼玉8区補選立候補)
2004年(平成16年)11月田村謙治[注 8]比例東海(民主)都築譲辞職(選挙違反引責)
2005年(平成17年)9月 第44回衆議院議員総選挙
2005年(平成17年)12月高井美穂比例四国(民主)五島正規辞職(選挙違反引責)
2006年(平成18年)4月池田元久比例南関東(民主)永田寿康辞職(堀江メール問題引責)
2006年(平成18年)12月楠田大蔵比例九州(民主)北橋健治辞職(北九州市長選立候補準備)
2007年(平成19年)3月石川知裕比例北海道(民主)荒井聰辞職(北海道知事選立候補準備)
2007年(平成19年)7月藤井裕久比例南関東(民主)長浜博行退職(参院選立候補による自動失職)
2008年(平成20年)4月和田隆志比例中国(民主)平岡秀夫退職(山口2区補選立候補による自動失職)
2009年(平成21年)5月大高松男比例北関東(自民)中森福代辞職(さいたま市長選立候補準備)
泉原保二比例近畿(自民)鍵田忠兵衛辞職(奈良市長選立候補準備)
2009年(平成21年)8月 第45回衆議院議員総選挙
2010年(平成22年)4月遠山清彦比例九州(公明)神崎武法辞職(体調不良)
2010年(平成22年)9月中屋大介比例九州(民主)後藤英友辞職(選挙違反引責)
浅野貴博[注 9]比例北海道(新党大地鈴木宗男退職(自らの不祥事により実刑確定、公民権喪失で失職)
2010年(平成22年)10月今津寛[注 10]比例北海道(自民)町村信孝辞職(北海道5区補選立候補準備)
2011年(平成23年)1月望月義夫比例東海(自民)大村秀章辞職(愛知県知事選立候補準備)
2012年(平成24年)7月三浦昇比例中国(民主)高邑勉辞職(山口県知事選立候補準備)
2012年(平成24年)10月渡部一夫[注 11]比例東北(民主)和嶋未希辞職(酒田市長選立候補準備)
2012年(平成24年)12月 第46回衆議院議員総選挙
2013年(平成25年)5月鈴木貴子比例北海道(新党大地)石川知裕辞職(陸山会事件引責)
2013年(平成25年)12月清水鴻一郎比例近畿(維新東国原英夫辞職
2014年(平成26年)5月川端達夫比例近畿(民主)三日月大造辞職(滋賀県知事選立候補準備)
2014年(平成26年)12月 第47回衆議院議員総選挙
2015年(平成27年)10月椎木保比例近畿(維新吉村洋文辞職(大阪市長選立候補準備)
2016年(平成28年)4月北神圭朗比例近畿(民主[注 12]泉健太退職(京都3区補選立候補による自動失職)
2016年(平成28年)10月田畑毅比例東京(自民)若狭勝辞職(東京10区補選立候補準備)
2017年(平成29年)7月吉田泉比例東北(民主[注 12]郡和子退職(仙台市長選立候補による自動失職)
2017年(平成29年)10月 第48回衆議院議員総選挙
2018年(平成30年)11月宮崎政久比例九州(自民)園田博之死去
2019年(平成31年)2月馬淵澄夫比例近畿(希望[注 13]樽床伸二辞職(大阪12区補選立候補準備)
青山周平比例東海(自民)大見正退職(安城市長選立候補による自動失職)
2019年(平成31年)3月吉川赳比例東海(自民)田畑毅辞職
谷田川元比例南関東(希望[注 13]本村賢太郎辞職(相模原市長選立候補準備)
2019年(平成31年)4月清水忠史比例近畿(共産)宮本岳志退職(大阪12区補選立候補による自動失職)
2019年(令和元年)7月畦元将吾比例中国(自民)三浦靖退職(参院選立候補による自動失職)
2019年(令和元年)9月出畑実比例南関東(自民)宮川典子死去
2020年(令和2年)4月美延映夫比例近畿(維新谷畑孝辞職(体調不良)
2020年(令和2年)11月松尾明弘比例東京(立憲[注 14]初鹿明博辞職
2021年(令和3年)2月吉田宣弘[注 15]比例九州(公明)遠山清彦辞職
2021年(令和3年)8月山崎摩耶比例北海道(立憲[注 16]本多平直辞職
2021年(令和3年)10月小松裕[注 17]比例北陸信越(自民)石崎徹辞職(他党から衆院選立候補準備)
2021年(令和3年)10月 第49回衆議院議員総選挙
2022年(令和4年)4月櫛渕万里比例東京(れ新山本太郎辞職(参院選立候補準備)
2023年(令和5年)1月瀬戸隆一比例四国(自民)後藤田正純辞職(徳島県知事選立候補準備)
2023年(令和5年)10月中嶋秀樹[注 18]比例近畿(維新)前川清成辞職(選挙違反引責)
屋良朝博比例九州(立憲末次精一退職(長崎4区補選立候補による自動失職)
2024年(令和6年)4月川内博史比例九州(立憲)山田勝彦退職(長崎3区補選立候補による自動失職)
2024年(令和6年)5月森由起子[注 19]比例東海(自民)宮澤博行辞職
2024年(令和6年)9月髙橋祐介[注 20]比例北海道(自民)堀井学辞職(公職選挙法違反引責)
2024年(令和6年)10月 第50回衆議院議員総選挙
2025年(令和7年)8月丸尾圭祐比例九州(立憲)堤かなめ辞職(大野城市長選立候補準備)
2025年(令和7年)9月原田和広比例東北(立憲)馬場雄基辞職(福島市長選立候補準備)
2026年(令和8年)2月 第51回衆議院議員総選挙

参議院選挙における繰り上げ当選の例

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年月当選者選挙年選挙区退職議員退職事由
1950年(昭和31年)6月 第2回参議院議員通常選挙
1952年(昭和37年)1月小瀧彬1950年参院選島根櫻内義雄当選無効
1956年(昭和31年)7月 第4回参議院議員通常選挙
1959年(昭和37年)2月上条愛一1956年参院選全国小西英雄当選無効
1962年(昭和37年)6月 第6回参議院議員通常選挙
1962年(昭和37年)9月山高しげり1962年参院選全国松村秀逸死去
1965年(昭和40年)6月 第7回参議院議員通常選挙
1965年(昭和40年)8月達田龍彦1965年参院選長崎田浦直蔵死去
1971年(昭和46年)6月 第9回参議院議員通常選挙
1971年(昭和46年)7月黒住忠行1971年参院選全国山本伊三郎死去
1971年(昭和46年)9月野末陳平1971年参院選全国村上孝太郎死去
1980年(昭和55年)6月 第12回参議院議員通常選挙
1980年(昭和55年)6月秦豊1980年参院選全国向井長年死去[注 21]
1983年(昭和58年)7月 第13回参議院議員通常選挙
1983年(昭和58年)12月コロムビア・トップ1983年参院選比例二院ク野坂昭如退職(衆院選立候補による自動失職)
1984年(昭和59年)9月石井道子1983年参院選比例(自民)竹内潔死去
1986年(昭和61年)6月寺内弘子1983年参院選比例(自民)藤井裕久辞職(衆院選立候補準備)
1986年(昭和61年)7月 第14回参議院議員通常選挙
1989年(平成元年)6月いずみたく1986年参院選比例(二院ク)青島幸男辞職
1990年(平成2年)2月針生雄吉1986年参院選比例(公明)塩出啓典退職(衆院選立候補による自動失職)
1990年(平成2年)10月山口光一1986年参院選比例(自民)宮田輝死去
1992年(平成4年)5月山田俊昭1986年参院選比例(二院ク)いずみたく死去
1989年(平成元年)7月 第15回参議院議員通常選挙
1990年(平成2年)3月星野朋市1989年参院選比例(税金党横溝克己死去
1992年(平成4年)7月 第16回参議院議員通常選挙
1993年(平成5年)6月宮崎秀樹1992年参院選比例(自民)藤江弘一死去
1993年(平成5年)8月小島慶三[注 22]1992年参院選比例(日本新細川護熙退職(衆院選立候補による自動失職)
円より子[注 22]1992年参院選比例(日本新)小池百合子退職(衆院選立候補による自動失職)
扇千景1989年参院選比例(自民)山岡賢次退職(衆院選立候補による自動失職)
1994年(平成6年)3月増岡康治1989年参院選比例(自民)石川弘辞職(石川県知事選立候補準備)
1994年(平成6年)8月萱野茂1992年参院選比例(社会松本英一死去
1995年(平成7年)4月山田俊昭1992年参院選比例(二院ク)青島幸男退職(東京都知事選立候補による自動失職)
1995年(平成7年)7月 第17回参議院議員通常選挙
1995年(平成7年)9月山東昭子1992年参院選比例(自民)田辺哲夫死去
1996年(平成8年)11月嶋崎均1992年参院選比例(自民)山東昭子退職(衆院選立候補による自動失職)
1997年(平成9年)5月長尾立子1992年参院選比例(自民)嶋崎均死去
1998年(平成10年)6月松崎俊久1995年参院選比例(新進[注 4]木暮山人死去
1998年(平成10年)7月 第18回参議院議員通常選挙
1998年(平成10年)9月谷林正昭1998年参院選富山永田良雄死去
1999年(平成11年)10月中島啓雄1995年参院選比例(自民)石川弘死去
2000年(平成12年)10月清水達雄1998年参院選比例(自民)岡利定死去
2001年(平成13年)1月大門実紀史1998年参院選比例(共産)立木洋辞職(体調不良)
2001年(平成13年)2月柳川覚治1995年参院選比例(自民)小山孝雄辞職(KSD事件引責)
2001年(平成13年)3月宮崎秀樹1998年参院選比例(自民)村上正邦辞職(KSD事件引責)
黒岩秩子1995年参院選比例(さきがけ堂本暁子退職(千葉県知事選立候補による自動失職)
2001年(平成13年)6月金石清禅1995年参院選比例(新進[注 4]友部達夫退職(オレンジ共済事件により実刑確定、公民権喪失)
2001年(平成13年)7月 第19回参議院議員通常選挙
2001年(平成13年)10月中島啓雄2001年参院選比例(自民)高祖憲治辞職(選挙違反引責)
2002年(平成14年)2月ツルネン・マルテイ2001年参院選比例(民主)大橋巨泉辞職
2002年(平成14年)9月信田邦雄1998年参院選比例(民主)今井澄死去
2003年(平成15年)4月田英夫2001年参院選比例(社民)田嶋陽子退職(神奈川県知事選立候補による自動失職)
中島章夫1998年参院選比例(民主)小宮山洋子退職(衆院東京6区補選立候補による自動失職)
2003年(平成15年)7月小林美恵子2001年参院選比例(共産)筆坂秀世辞職
2003年(平成15年)8月千葉国男1998年参院選比例(公明)沢たまき死去
2003年(平成15年)11月藤野公孝2001年参院選比例(自民)近藤剛辞職(日本道路公団総裁就任)
2004年(平成16年)1月樋口俊一1998年参院選比例(民主)江本孟紀退職(大阪府知事選立候補による自動失職)
2004年(平成16年)7月 第20回参議院議員通常選挙
2006年(平成18年)9月神取忍2004年参院選比例(自民)竹中平蔵辞職
2007年(平成19年)7月 第21回参議院議員通常選挙
2007年(平成19年)9月松あきら2007年参院選神奈川小林温辞職(選挙違反引責)
2007年(平成19年)12月大石尚子2007年参院選比例(民主)山本孝史死去
2008年(平成20年)9月草川昭三2007年参院選比例(公明)遠山清彦辞職(衆院選立候補準備)
2009年(平成21年)8月広野允士2007年参院選比例(民主)青木愛退職(衆院選立候補による自動失職)
平山誠[注 23]2007年参院選比例(新党日本田中康夫退職(衆院選立候補による自動失職)
2010年(平成22年)7月 第22回参議院議員通常選挙
2011年(平成23年)11月はたともこ2007年参院選比例(民主)西岡武夫死去
2012年(平成24年)1月玉置一弥[注 24][6]2007年参院選比例(民主)大石尚子死去
2012年(平成24年)12月樽井良和2007年参院選比例(民主)今野東退職(衆院選立候補による自動失職)
武見敬三2007年参院選比例(自民)義家弘介辞職(衆院選立候補準備)
真山勇一2010年参院選比例(みんな上野宏史退職(他党から衆院選立候補による自動失職)
藤巻幸夫2010年参院選比例(みんな)小熊慎司退職(他党から衆院選立候補による自動失職)
山田太郎2010年参院選比例(みんな)桜内文城退職(他党から衆院選立候補による自動失職)
2013年(平成25年)5月尾辻かな子[注 25]2007年参院選比例(民主)室井邦彦辞職(他党から参院選立候補準備)
2013年(平成25年)6月山村明嗣2007年参院選比例(民主)大江康弘辞職(他党から参院選立候補準備)
2013年(平成25年)7月 第23回参議院議員通常選挙
2013年(平成25年)8月堀内恒夫2010年参院選比例(自民)中村博彦死去
2014年(平成26年)3月田中茂2010年参院選比例(みんな)藤巻幸夫死去
2014年(平成26年)12月阿達雅志2010年参院選比例(自民)佐藤ゆかり辞職(衆院選立候補準備)
2016年(平成28年)7月 第24回参議院議員通常選挙
2017年(平成29年)10月竹内真二2016年参院選比例(公明)長沢広明辞職
2019年(令和元年)7月 第25回参議院議員通常選挙
2019年(令和元年)10月浜田聡2019年参院選比例(N国立花孝志退職(埼玉選挙区補選立候補による自動失職)
2021年(令和3年)10月比嘉奈津美2019年参院選比例(自民)北村経夫退職(山口選挙区補選立候補による自動失職)
竹内功2016年参院選比例(自民)髙階恵美子退職(衆院選立候補による自動失職)
2022年(令和4年)4月中田宏2019年参院選比例(自民)宮本周司退職(石川選挙区補選立候補による自動失職)
2022年(令和4年)6月田城郁2016年参院選比例(民進[注 26]藤末健三辞職(他党から参院選立候補準備)
2022年(令和4年)7月 第26回参議院議員通常選挙
2022年(令和4年)10月宮崎勝2022年参院選比例(公明)熊野正士辞職
2023年(令和5年)1月田中昌史2019年参院選比例(自民)三木亨辞職(徳島県知事選立候補準備)
大島九州男2022年参院選比例(れ新)水道橋博士辞職(体調不良)
2023年(令和5年)3月齊藤健一郎[注 27]2022年参院選比例(N党[注 28]ガーシー除名(参議院除名
2023年(令和5年)4月大椿裕子[注 29]2019年参院選比例(社民)吉田忠智辞職(大分選挙区補選立候補準備)
2024年(令和6年)1月藤巻健史2019年参院選比例(維新)室井邦彦死去
2024年(令和6年)4月市井紗耶香2019年参院選比例(立憲[注 14]須藤元気退職(衆院東京15区補選立候補による自動失職)
2024年(令和6年)5月奥村政佳2019年参院選比例(立憲[注 14]市井紗耶香辞職[注 30][7]
2024年(令和6年)10月髙橋次郎2019年参院選比例(公明)山本香苗退職(衆院選立候補による自動失職)
山口和之2019年参院選比例(維新)梅村聡退職(衆院選立候補による自動失職)
大門実紀史2022年参院選比例(共産)田村智子退職(衆院選立候補による自動失職)
2025年(令和7年)1月小川克巳2022年参院選比例(自民)足立敏之死去
2025年(令和7年)7月桑原久美子[注 31]2019年参院選比例(維新)鈴木宗男辞職(他党から参院選立候補準備)
2025年(令和7年)7月 第27回参議院議員通常選挙
2025年(令和7年)9月上野蛍2022年参院選比例(維新)石井章辞職
2026年(令和8年)2月木村義雄2022年参院選比例(自民)青山繁晴退職(衆院選立候補による自動失職)

脚注

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注釈

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  1. 2009年(平成21年)の第45回衆議院議員総選挙比例近畿ブロック民主党の比例名簿に登載されて当選した河上満栄は、2010年(平成22年)の参議院議員通常選挙において、京都府選挙区より民主党公認として立候補(落選)するために議員辞職、本来であれば比例近畿ブロックの民主党の名簿登載候補者より繰上補充が行われるはずであったが、既に名簿登載候補者全員が当選しており繰り上げ当選となる対象候補がいないため、衆議院では解散まで定数480に対して1人欠員となっていた。なお、参議院の場合は任期満了3年前に欠員が生じた場合は、任期を同じくする者の欠員が4分の1に満たない場合であっても、半数改選時に通常選挙と同時に当該選挙区の改選定数を増やして合併選挙を行い、当該選挙区において通常改選定数より下位で当選した候補者は3年の任期の議員として取り扱うことで欠員が補充されることがある。
  2. 2013年(平成25年)の第23回参議院議員通常選挙において比例区みんなの党から当選した、渡辺美知太郎は2019年4月、那須塩原市長選挙に立候補(当選)するため[1]、井上義行は2019年6月、第25回参議院議員通常選挙他党から立候補(比例区で立候補し落選)するため[2]議員辞職したが、2014年にみんなの党は解党した上で比例候補者名簿を取り下げたため繰り上げ当選は行われず2019年7月の任期満了まで欠員となった。なお比例名簿取り下げ前のみんなの党の比例名簿の次点候補は河合純一及び山本幸治であった。
  3. 2024年4月に繰上当選が決定した市井紗耶香の例では、市井は2019年参議院議員選挙で「(旧)立憲民主党」から比例区で立候補し次点となり、その後、2024年4月に当該選挙で当選していた須藤元気の退職(衆議院東京都第15区補欠選挙立候補に伴う自動失職)で繰上当選の権利を得たが、本人は当選の権利を辞退する旨を事前に表明していた[3]
    しかし「(旧)立憲民主党」は2020年9月14日付で解党している一方で、比例名簿の取り下げを行っていない事からその選挙時の比例名簿は有効であり、なおかつ事実上の後継政党となった「(新)立憲民主党」は比例名簿から対象者の削除を行う事ができないため、市井の当選辞退の意思に沿わない形で、参議院議員の当選告示を受ける形となる。このため、市井は当選告示後に「参議院に辞職願を提出」し、辞職の許可を受ける必要が生じた[4][5]
  4. 1 2 3 4 名簿上は新進党であったが、この時点で既に解党していた。
  5. 惜敗率順で本来の次点者は渡瀬憲明であったが、渡瀬が1998年8月に死去しており、さらに次々点の宮島大典は1998年の長崎4区補欠選挙で当選していたため、林田が繰り上げ当選となった。
  6. この時点で既に(新)民主党(1998年結党)に移行していた。
  7. 惜敗率順で本来の次点者は岩本司(当時参議院議員)であったが、当選告知から規定期間内に参議院議員を辞する旨の届け出をしなかったため繰上当選の効力を失い(議員の兼職禁止)、次々点者の米沢が繰上当選となった。
  8. 惜敗率順で本来の次点者は浅野真であったが、浅野が選挙違反により起訴されたことで比例名簿より抹消されていたため、次々点の田村が繰り上げ当選となった。
  9. 名簿順では八代英太が次点であったが、八代が2010年の参議院議員選挙に他党(民主党)から立候補したことにより、比例名簿から抹消されていたため、次々点の浅野が繰上当選となった。
  10. 惜敗率順で本来の次点者は中川昭一であったが、中川が2009年10月に死去したため、次々点の今津が繰上当選となった。
  11. 名簿順で川口民一が繰り上げ当選の対象となっていたが、川口が国民の生活が第一に近い立場だったことから、民主党が川口を除籍処分として比例名簿から抹消されていたため、次々点者の渡部が繰上当選となった。
  12. 1 2 名簿上は民主党であったが、この時点で既に民進党に移行していた。
  13. 1 2 名簿上は旧希望の党であったが、この時点で既に解党していた。
  14. 1 2 3 名簿上は(旧)立憲民主党であったが、この時点で既に解党し(現)立憲民主党に移行していた。
  15. 当時福岡県議会議員であったが、繰上当選告知と同日に同職を辞したため、繰上当選となった。
  16. 名簿上は旧立憲民主党であったがこの時点で既に解党し、(現)立憲民主党に移行していた。また、山崎は(新)国民民主党に所属していたため、繰り上げ当選後は(新)国民民主党に所属した。
  17. 惜敗率順で本来の次点者は金子恵美であったが、当選を辞退し比例名簿から抹消されたため、次々点の小松が繰り上げ当選となった。
  18. 惜敗率順で本来の次点者は直山仁であったが、直山が公職選挙法違反で罰金刑が確定し比例名簿から抹消されたため、次々点の中嶋が繰上当選となった。
  19. 名簿順で本来の次点者は木造燿子であったが、2022年の時点で比例名簿から抹消されたため、次々点の森が繰上当選となった。
  20. 惜敗率順で本来の次点者は船橋利実、次々点者は前田一男であったが、船橋は2022年の参議院議員選挙で、前田は2023年の北海道議会議員選挙でそれぞれ当選しており、両名とも繰上当選告知から規定期間内にそれぞれの公職を辞する旨の届け出をしなかったため繰上当選の効力を失い(議員の兼職禁止)、さらなる次点者の髙橋が繰上当選となった。
  21. 第12回参議院議員通常選挙投票日翌日に向井が死去。開票の結果向井は当選していたものの、当選者死亡により1人欠員となったため、開票結果確定後に直ちに秦が繰り上げ当選となった。
  22. 1 2 名簿順では松崎哲久と小島が繰り上げ当選する筈だが、松崎が当時の日本新党代表だった細川護煕を批判する言動を取ったことから、日本新党側が松崎を名簿から削除。裁判にまで発展したが、結局日本新党側の主張が認められた。
  23. 当初、第45回衆議院議員総選挙の選挙期間中に同選挙に立候補していた有田芳生が繰上補充当選の対象となったが、同選挙への立候補を継続するため当選を辞退した(なお、衆院選では有田は落選している)。
  24. 当初、斎藤勁(衆議院議員)が繰上補充の当選人となったが、既に衆議院議員であり、当選告知を受けた日から5日以内に衆議院議員の職を辞した旨の届出をしなかったため、その当選を失った(議員兼職禁止の原則)。
  25. 名簿順では、木下厚及び三輪信昭が尾辻より上位であったが、いずれも比例名簿から削除(民主党を離党)していたため尾辻が繰り上げ当選の対象となった。
  26. 名簿上は民進党であったが、この時点で既に解党していた。
  27. 名簿順では山本太郎(れいわ新選組代表とは同姓同名の別人)及び黒川敦彦が齊藤より上位であったが、いずれも比例名簿から削除(2名とも離党し繰り上げ当選を辞退)されていため齊藤が繰り上げ当選の対象となった。
  28. 名簿上はNHK党であったが、この時点で既に政治家女子48党に移行していた。
  29. 吉田は立憲民主党所属だが、2019年の当選は社民党での当選のため社民党名簿から繰上補充となり、名簿順では仲村未央及び矢野敦子が大椿より上位であったが、いずれも比例名簿から削除(2名とも離党し、仲村は立憲民主党に入党)されていたため大椿が繰り上げ当選の対象となった。
  30. 市井は須藤の自動失職により繰り上げ当選が決定的となった時点で当選辞退を表明していたが、(現)立憲民主党が解党した(旧)立憲民主党の提出した2019年参院選の比例名簿を変更することができないため、4月26日に繰り上げ当選となり即日辞職した。在職日数1日(正確には官報に告示された午前8時半から、参院本会議で辞職願が許可された午前10時3分までの計93分間)は戦後最短の在職期間となった。
  31. 名簿順では串田久子が桑原より上位だが、2023年の横浜市議会議員選挙旭区選挙区で当選して横浜市議会議員となっており、繰上当選告知から規定期間内に公職を辞する旨の届け出をしなかったため繰上当選の効力を失い(議員の兼職禁止)、桑原が繰り上げ当選の対象となった。

出典

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  1. “自民・渡辺美知太郎氏の辞職許可”. 産経新聞. 2019年4月12日. 2024年8月27日閲覧.
  2. “参院、井上義行氏の辞職許可 参院選で自民公認へ”. 日本経済新聞. 2019年6月26日. 2024年8月27日閲覧.
  3. 元モー娘。市井紗耶香氏が当選辞退 須藤元気参院議員の東京15区補選出馬に伴う繰り上げ - 産経ニュース 2024年4月3日
  4. 市井紗耶香氏、本人が繰り上げ当選を辞退しても”強制的に”参議院議員に…辞職するまで歳費はいくら支払われる?(全文) - デイリー新潮 2024年4月24日
  5. 元モー娘市井紗耶香氏が繰り上げ 参院欠員補充も本人は辞退意向 - 産経ニュース 2024年4月25日
  6. 参議院議員選挙にかかる繰上補充 - 総務省
  7. 参院が市井紗耶香氏の議員辞職許可 在職わずか93分で戦後最短 - 朝日新聞デジタル

関連項目

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外部リンク

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