山本亮介 構成・泉野尚彦
2014年9月23日03時00分
最大震度7を記録し、68人が犠牲になった中越地震から10月23日で10年。強い余震が続き、中山間地で土砂崩れや地滑りが相次ぎ、多くの集落が孤立した。復興に向け歩んだ10年で見えてきたものは何か。現地調査を続ける研究者、被災した元村長に話を聞いた。
マグニチュード6・8の直下型地震が中越地方を襲ったのは、2004年10月23日午後5時56分。震源地の旧川口町(現長岡市)で震度7を観測し、旧15市町村で震度6を記録した。激震は多くの死傷者を出し、インフラやライフラインを寸断した。
亡くなった68人のうち、16人は土砂災害や家屋倒壊などで死亡したが、4分の3に当たる52人は、揺れ以外が原因の関連死だった。目立つのは車中泊などに伴うエコノミークラス症候群、慣れない避難所生活でのストレスによる事例で、避難中の車内で脳梗塞(こうそく)や心不全を起こしたり、避難所で肺炎をこじらせたりする人が多かった。
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