日本一短い航路「音戸の渡し」 江戸時代からの歴史に幕 呉市
広島ニュースTSS
江戸時代初期に手こぎで始まった日本一短い定期航路…。存続の危機から脱しようともがき続けてきましたが先月末で歴史に終止符を打ちました。 【野川アナ】 「呉市音戸町です。歴史を感じるこちらの木造の建物のたたずまいもどこか寂しげです。地元の方々観光客の方にも愛されたこちらの渡船、事業廃止のお知らせが貼られています。そしてその先船着き場を見ても、船の姿はもうそこにはありません」 平清盛が一日で切り開いたとされる音戸の瀬戸で”日本一短い定期航路”として長い歴史を築いてきた音戸渡船…。 【地元の女性】 「この辺でッ育ったので落ち着きます」 江戸時代初期に手こぎで始まり、90mの距離を片道およそ3分で結ぶ木造船は近年、通学客やサイクリング客などを運んできました。しかし、年々減少する客足に加え、コロナ禍がもらした存続の危機…。 【船頭(去年)】 「時代に流れにはあらがえませんわ。本当にもうちょっとで今ここにおらんいうような状況になりかかった。とにかく客がおらんのだから収入が増えるわけもないので…」 去年は地元の人たちと力を合わせてクラウドファンディングで資金を募り、目標達成で老朽化した船を修繕しましたが、今年夏に再び、悲劇が襲い掛かったのです。 「2隻ともダメになった」 7月に船の外側に穴があいて、運休する事態に。そして翌月には台風でもう1隻が水没し、建造70年前後の2隻はともに廃船となりました。 「これ以上続けるともっとひどくなるだろう。悔しく残念だが客もいなかったからケガ人とか事故になる前でよかった」 これまで赤字の一部を補う年間240万円~400万円の補助を上限を設けたうえで呉市からうけてきた音戸渡船…。歴史を守り続けてきた唯一の船頭は今回、限界を感じ航路の廃止と廃業の意向を市に伝え、市は、観光事業者などに引き継ぎ手がいないか聞き取りもしたといいますが、いい結果には結びつかなかったといいます。 そして、31日…。日本一短い航路は歴史に終止符を打ちました。今後、桟橋や建物の撤去も進められる予定だということです。
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